先月は裁判がたくさんあった。
一部はウェブ会議だけど,刑事事件や相手方が弁護士をつけていない場合は出頭する。
特に今月も刑事事件の言渡がたくさんある。
その中で,生活保護の不正受給の事件に関して記者さんから取材を受けた。
どこにでもある国選事件
でも,同じ事件はあるはずもなく,被告人それぞれに人生があるわけだ。
依頼者はかつて誤認逮捕されたことがあるらしい。
私は初回の接見時から聞いていた。
高齢の依頼者なので,老人の与太話だと思って聞いていたけど・・
具体的で迫真性に富み,体験した人でなければ話せない事実を含んでいた。
信用性のある証言の理由すべてがあてはまった。
依頼者は明るく,話が上手い人だった。
私は時間を忘れて聞いていたのだ。
結婚して家庭があったこと
会社を経営して従業員が多数いたこと
重大事件の容疑者として誤認逮捕され大きく報道されたこと
いろんなものを失ったこと・・
尋常を極めた幸福の記憶は,今でも依頼者の煌めく一顆の宝石らしい。
高齢の依頼者は忘れられたくないのだろうな。
裁判でも鬼気迫る形相で話をしていた。
私は自由に言いなはれと言っておいた。
事件との関連性を考えると,
いつ遮られてもおかしくはなかったな。
依頼者本人は満足していたが,
はっきり言ってグダグダだった。
記者が私に話しかけてきたのは,裁判が終わってからだった。
話を聞くと大手の社会部の記者さんらしい。
生活保護の問題を取り上げて記事を書く。
熱心な人だったので事務所に呼んで話を聞いた。
あの人たちは事実を報道するらしい。
しかし,事実の切り取り方には,
記者さんの個性が出る。
人の人生を考えて,
転機を見つけてスポットライトを当てる。
重大事件を報道することより,
ずっと難しいのだろう。
記者さんはそこに重大な意義を感じているようだった。
依頼者による不正受給の動機の部分にかつての誤認逮捕があった。
自分は誤認逮捕でいろいろ失った。
しかし,謝罪はなかったし,何もしてくれなかった。
だから国から金をだまし取っても罰は当たらないと思った。
よくある犯罪の図式だ。
依頼者の年齢は80を超えていた。
彼の人生は誤認逮捕や理不尽という言葉に概括されそうになっていた。
しかし,依頼者の不満はそんなことではない。
忘れ去られることこそが無念なのだろう。
私の話がどれほど参考になったか,
わからんが記事ができるのを私も依頼者も楽しみにしている。